私がドラムを始めたのはちょうど30年前。
ドラムに憧れて始めたわけではありませんでした。
その頃、私は楽器が出来る人になりたくて、
家にあったピアノや姉貴のフォークギターを練習したりしていたのですが、
どうも性に合わない。(笑)
んで、中3の春にドラムを初めて触ったんですが、叩き始めて5分で
『これでプロになる!』って根拠もなく思ってしまった。
上手く言えないけれど、自分の楽器にやっとめぐり逢えた~!って本気で感じたんです。
それから程なくして、音楽雑誌のインタビューのページでポンタさんを初めて見かけました。
その時のキャッチコピーは『ドラムでね、海が見えたんだ』。
なんて詩的な人なんだろう?って興味を持ち、ポンタさんの参加する作品を聴き漁るようにようになりました。
当時、スタジオワークを鬼のようにやっていた彼のプレイは、家のレコード棚にも相当数あったし、ラジオやテレビでも日々たくさんたくさん聴く事が出来ました。そうやってどんどんポンタさんの世界にのめり込んでいき、しまいには制服姿(セーラー服!)で楽屋口で出待ちをするまでにいたりました。(笑)
ホント、あの頃はポンタさんのボーヤになりたかった。
今は絶対いやですけど。(爆)
とにかく、私にとってドラムの魅力を一番最初に教えてくれたヒト。
それが彼です。
G:ポンタさんに20年前ぐらい、20、20年以上前だ。
Pearlのスクールで初めて教わったときに、
P:九州?
G:九州。
P:うわあ。台風?
G:台風のとき!
P:台風!懐しいなあ。
G:そうそう。あのとき私19歳だったんだけど。
P:おう。
志賀島だ。
G:志賀島。
P:ねえ。
G:そう。
P:一応、記憶力はあんのよ俺。記憶力。
G:ね。ちゃんとある(笑)。
P:へへ。ちゃんとある。へっへ。
G:そう、そのときに一番このことがすごい教わりたいって思ったのが、
呼吸法だった。
もちろんなんか手とか足とかは、もう、精進すれば速くなったり、
なんかいろんなことができるようになるって思うんだけど、
意識してその呼吸っていうのをするっていうのが、
初めて教わったのがポンタさんだったから。
だけどいまだにちゃんとできてるかわかんないんだけど、
でもなんか、大変なことやってるときは息がだいたい止まってる(笑)。
P:うん。
G:で、あとで息が上がってる(笑)。
だから、意識してできてる部分とできてない部分とまだあるんだけど、
P:うんでもさ、体の仕組みってたとえば、指、手首、肘、肩って考えると、
それもあんまり考えてやってるやついないよね。
G:うんうん。
P:でもそれと同じくらい呼吸っつーのは、いわゆる体を楽にして、
いわゆる自分の叩きたい音符なり、その表現するスピード感とかそういうの、
調整するっていう風に考えたら、本当は必然的にやってんだよねみんな、無意識にね。
G:うん、でもじゃあそれを意識に、こう上げたのって、ポンタさんいつのときだったんですか?
最初っから?
P:だから俺はもう管楽器持ったときから、
G:あ、そっか。
P:だって、息しないと死んじゃうもん。
G:ホルンのときから?
P:そう。
G:そう、そのホルンをやってる、奏でてるときとおんなじ感じでドラムも?
P:一緒だよね。その、やっぱ感覚はこう、あのマウスピースがくっついてるって感覚が
やっぱりあるよね。
そう言われると。
G:なるほどね。
P:で、その、マウスピース当てるじゃない?丸いの。
で、唇のすぐ横で吸うとか、ちょっと広げて、たっぷりの余った唇の部分で吸うとか、
そういうのってすごい微妙なの。
G:なるほどねー。
P:で、あの、下の唇からだけ吸うとかね。これはもうちょっとプロっぽいけど上だけで吸うとか。
G:すごっ。
P:それとも離して全部で、「ハーッ」って口全部で吸うとか。
これはねすごい関わってくるわけ。
G:全然違いそう、それ!
なるほどねー。
P:で、あとね、呼吸はね、変わってくんだよ。
G:変わってくる?
P:で俺がまず、その1回、ま、こう、気持ち、気を溜めて、
で、いわゆるどっかで、吸う。
吸うってことを意識してやってるって時期はまあ長くて、
その、タイミング八分の裏とかね、三連の裏とか、四分音符とか。二分音符とか。
あったけど。
で、そこまではずっと溜めてて、ま、オーバーな話だよ?
G:うん。
P:溜めてて、吸ってぐーってやったとき、俺すごい汗っかきだったのよ。
G:ふんふんふん。
P:で、あるときに食道静脈瘤っつーのをやって、結構キツイ手術だったのね。
で、次の日がライブだったのよ。
G:ライブできるの?
P:いやそれで、医者は絶対オッケーしてくんなかったのよ。
G:無理矢理やったの?
P:で俺結構ね、血小板少ないから。あの、血が止まんないから。
G:うわあ。
P:それで破裂したらもう即死なわけよ。で、だから自分でサイン書いて。
で看護婦三人連れて、でライブやって。
G:(笑)。看護婦三人はおいしいね(笑)。
P:そのときに発見したよね。
G:うん。
P:だから一応、「先生、俺は気張っていくらなんだよ」とか言って出てきたけど、
やっぱ気になるじゃん、医者のそういうのって。
G:そりゃそうですよ。そりゃそうですよ。
P:「気張らないでくださいよ」って言われたから。
「先生俺のプレイはさ、気張っていくらなんですよ」って。
G:(笑)。
P:でも、その、会場行くまでに「そうかあ」とか思って。
やっぱちょっとは気になってるわけじゃない?小心者だから。
G:ふふふ。
P:で、やってるときにね、そのときにね、気張らないでやる呼吸って見つけたの。
G:へえ!
P:でそのときに終わったら仙波さんがたまたま見に来てて、
G:うんうん。
P:「今日はポンさん初めて華麗でしたね」って言われたの。
G:はあー。
P:「邦楽に近い息の吸い方してましたね」って。
G:なるほど。
P:やっぱ仙波さんって見てんのよあの人は。
G:そうですよね。
P:で、それがずっと続いて、汗は半分以下になった。
G:あ、そうなんだ。
P:うん。で、今度酒止めたじゃん?
G:うん。
P:ほとんど汗かかない。そしたら今度呼吸。鼻も口も全然平気。
G:あほんと?
P:うん。
G:へー。
P:で今度たとえば、オーバーに言えばよ。
えー、Aメロ→Aメロ→Bメロ→Aメロって形式があったら、
Aメロ→Aメロは息吸わなくても
平気とかできるようになったもん。
G:うわー、水泳選手ぐらいになってきちゃったね。
P:そんでサビ行ったら2小節ごとに息吸ってやんの。
G:はああ。
P:うん、そういうの試してたりとかね。
G:はあはあはあ。なるほどね。
P:だからブレスっていうのも変わっていくんだよ。
いまはもうほとんど汗かかない。
G:そっか。
あ、たしかにでも12月見たとき全然汗かいてなかった。
P:うん、これ自分ですごい不思議だもん。
しょっちゅう言われるから。
G:なんか、亀とかの域になってきましたね。
ゆっくりの呼吸(笑)。
P:ゾウガメかい?(笑)
G:そう。そうそう(笑)。
なんか、ね、長生きの。
P:ガラパゴス島の。
G:そうそう。
だんだんこう長寿の域の。
P:余齢280年とか。
G:そうそうそう。
まあ長生きしてほしいから嬉しいんだけど。
P:そう、ムカシトカゲっつーのがさ、
111歳で初めて子供産んで。
G:そうそう。80歳の嫁でね。
P:ねえ。
G:すごいよね。
P:女嫌いだったって本当かよ、おいみたいな。(笑)
G:はっはっは。
あれちょっと私もウケたな。
P:あいつら150~160歳まで生きるんだってね。
G:そうそうそう。
P:ムカシトカゲって。
G:うん。
ねえ。
ポンタさんもよろしく。
頑張ってね。
P:いや、俺はね、酒止めたらね、本当にいま本当にもう音楽漬けっていうかもう、
やっぱまた人生変わったから。
G:うん。
P:お姉ちゃんと遊んでる時間もないし。
これは物理的に。
G:うんうん。
P:ましてや酒なんか飲んでる時間ないわけよ。
で、まあずっと病院通いとかそういうのがね。
これはもうカウンセリングと一緒だから行ってんだけど、
で、内蔵も全部やったから。
なんかちょっと健康過ぎて良くねえんじゃないかと思うぐらい健康だから、
音もいま健康な音してんじゃないの?
でも俺の魅力はドロっとしてるところがね、
G:いや、わたしが12月に見た限りでは、
やっぱり色っぽかったですよ。
うん。
P:あ、吾郎ちゃんとき?(注:大嶋吾郎、ジャズシンガー)
G:そう。
P:あー。
G:色っぽかった。
で、その後に見た仙波さんと一緒のときは、なんだろう。
うん、健康っていうのと全然形容は違うんだけど、空気だった。
うん。
なんかね、あの、空気って言っても、
もうものすごい台風みたいな風みたいなイメージはポンタさんにあったけど、
違うの、なんかね、清浄器みたいな感じ。
こう、澄んだ音を澄んだ空気にさせる役目をしてた。
あ、すごいことしてるなと思って。
P:最近ね、ほんとに体感するか実感するのがね、
酒っていうのはこうも違う作用を及ぼすんだなってね、
この年になってわかった。
G:へえー。
あ、そうなんだ(笑)。
P:うん。
G:(笑)。え?どういうこと?
P:だって、クリアなんだもん。
G:あ、そっかあ。
P:音符の見え方とか。音符の並び方とか。
G:譜面が読めるようになったって(笑)、ネタみたいに聞いてるけど。
P:そう譜面読めるようになったのよ。
G:(笑)。
P:あのー(笑)。
本当の8分休符と16分休符の意味?
G:うんうん。
P:スタッカート、テヌートの意味?
これがなんか自然にわかるようになってきたね。
前はよく自分で、俺書き直すから、こう、細かいところは。
点、スタッカート書いたりとか、わーとやってたら(?)ここでやる、
それはたぶんね、ブラスの流れなんだよね。
G:はいはいはいはい。
P:アンサンブルとかトゥッティとかの。
G:なるほどねー。
P:うん。で、みんなで同じにタンギング合わさないと、
ピッって音とダーって音とは違うから。
G:違う違う。
P:でわりとそういうの神経質なんだけど。
まあ実際吉田建に言わすと「んなの誰もわかってねーよバカヤロー」とか、
「バカなんじゃないの?」(?)とか言われて終わりなんだけど(笑)。ね?(笑)。
G:(笑)。
P:「なんであんなしょっちゅうスネア変えんのよ」なんて。
「いやこの曲にはこのスネアが合ってる」とか言うと「誰も聴いてねーよバカヤロー」。
G:(笑)。
P:でもね、ほんと実感してるね最近、うん。
G:すごーい。
そうなんだ。
へえー。
なんかまた、またもっとすごいことになってっちゃうねポンタさん。
P:なんか行ってるみたいよ。
G:うん。
P:であと、仙波さんの話しだけど仙波さんがまた違う見え方してきたよね、俺にとって。
G:あ。あ、ほんとに?
P:やっぱあの人空気だよ。
G:あー。いや、すごい人ですよ。
P:うん。
いや、すごい人とはずっと思ってたけど、
もね、一段とね・・・。日本だね。
G:確かに、日本ですね。
P:温度感、空気感(?)。
G:うんうん。
P:うん。
G:ほんとになんか、まだわたし、なにもわかっちゃいないと思う。
聞いても聞いてもまだまだ全然ザックザック掘れるから。
本質は、まだ見せてもらえてない、気がしますよ仙波さんは。
P:ただ仙波さんがひとつ残念なのはね。
G:うん。
P:いままで最後にあの、パーッカッションのああいうの(?台の?)、
全部落っことしてギャーっと発狂する。
G:うん。
P:あれ、1曲目からやってしまうっつーのがね、すっごい辛いのよ。
G:はっはっは(笑)。
P:「あとはもうラクできるんだもーん」とか言ってっからね(笑)。
1曲目から行くからね、最近。
G:それお子様じゃないですか、どちらかというと!
幼稚プレイっていうか、バブバブ系ですかね。
P:そう(笑)。
P:最近さ、朝2時間弱歩いてうち帰ってきて、まあシャワー浴びたりして、
お風呂入って、で奥さんと7時半からごはん食べてる。
人生で変わったのは朝の連ドラを観る、NHKの。
G:う!
だんだんを観てる!
P:だんだんを観てる。
G:だんだんを観てる!
P:で、竹内まりやの語りを聞いてる。
G:はい(笑)。
P:で、ばっと終わって双子の子のクレジット出たらすぐ6に変える。
はなまるマーケットを観る。
G:はなまる観る!
P:でふたりのお礼から観る。
ヤッくんと、岡江さんの(笑)。
G:(爆笑)。
P:NHKがぱっとニュース移る前にしゅっと変える。
G:それはねー、それはもう主婦の域ですよ!
P:でまあ、くじやって(?)、ゲストが来て、ゲストが終わったあたりで、
G:細かい!
P:また特集なってくるあたりでまあ、
俺は仕事に行ったり、仕事部屋行ったり、
奥さんはテニス行ったりって、
そういうペースかな。
G:じゃあその、いわゆる自分の時間っていうのは、
その歩いてる時間ももちろん自分のための時間だけれども、
それ以外でこう、自分のための時間って設けてるのは?
夜とかの方が多いの?
P:あんね、夜はもう全部仕事で終わっちゃうよね。
G:あ、そっか。
いまそうですよね、ライブだもんね。
ねえ、ポンタさん、じゃあちょっとまた話戻すけど。
20年の中で、一番すっごいなんていうのかな、
あの、ドラム以外でもいいんですけど、
このシーンは絶対なんか自分の中で忘れないっていうのとかあります?
P:ニューヨークで肺炎で倒れたときだよね。
G:あ、そっか。
P:うん。
あんときほんと死ぬかと思った。
G:PONTA BOX3枚目?
P:え、3枚目じゃない。もっともっと後。
G:もうちょっと後?
P:そのときはね、もうバカボンもいなかったから。
G:あ、そっかそっか。
P:だからベース、アンソニーとかウィルリーだもん。
G:あ、そうだそうだそうだ。
P:NYPBって作ったよね、New York Ponta Box。
G:うんうん。
P:でもまあ、あんときほんとにね、まさか、肺炎てね、オカマの病気だと思ってたのよ。
G:まあ、まあね。
P:またしかに忙しいスケジュールで俺ひとりで、あの、飛行機で行ったけど、
ケネディ空港着いて、で、そのままもうスタジオ入ったからね。
いつもそうなんだけど。
だいたい俺、あの、機内食って食ったことないもん。
で、時差もない。
で、行ったらすぐ寝ちゃうんだ。それまでギリギリ起きて仕事してるから。
で着いたらもう、絶好調なわけよ。
で、ここに書いて「Don't Disturb」って。
G:ははは(笑)。
P:うん。
だから機内食食ったことないもん、ほんとに。
唯一爆睡できんだよね。
G:なるほどねー。
P:で着いてそのままスタジオ入るわけ。
そういう調整してもらって。
で1日目終わって、ふつか目起きたときなんか、脇っぱら痛いんで「あれー?」とか思って、
ま、たまに咳、変な姿勢で咳して肋骨にヒビが入るとき、結構あるじゃない?
G:ありますね。
P:そんなもんかなーっとか思ってたのよ。
G:うん。
P:そんでだんだん夕方ぐらいなってくると、
息できなくなってきて「あれーっ?」とか思って。
次の日、朝もう、たとえばベットがここにあって、こう、やって、倒れられないのよ、痛くて。
G:うんうんうん。
P:でそこに、次の、その日のメニューのちょっとチェックしとこうと思って、
ここにある鉛筆取ろうと、取れないわけよ。
G:あ、そうなんだ。
P:でトイレがすぐそこにバスルームあんだけど、20分ぐらいかかるのね、這って。
これはヤバいなと思って。肋間神経痛とか、いろいろ考えたよ。
G:うんうん。
肺炎って痛いんだ。
P:うん。
俺結構ドラムだけで録っちゃうから、
で、あと3曲残ってたのね。
3日目に。
G:うん。
P:で、録りだしたところから意識ないの。
で、アメリカって面白くて、病院行くんじゃなくて、
あるビルん中に行って、そこで検査されて、そのフロアから病院を割り当てられる。
G:はいはいはいはい。
P:うん、でも全然意識ないのよ。
G:あそう。
P:うん。
で目が覚めたときは、枕元に美和ちゃんがいて、ドリカムの。
G:はいはい。
P:で、あのー、テロがあったあの、ツインタワーあるじゃない?
あのすぐ横の、いわゆるユダヤ系の、ニューヨークで一番いい病院っていうところで、
またこれ、悪運強いんだけど、あのー、俺、保険て入ったことなかったいままで。
これだけ海外行ってて。
G:はあはあはあ。
P:たまたまビクターのディレクターが800万入ってたのよ。
で2週間、2週間半で治療費736万。
G:うっぷ。
ペイですね!
P:すごいだろー。
G:すごい。
P:でそんときだけ入ってくれた。
もうそんな悪運強いんだけど。
美和ちゃんがちょうどそんとき、ずっとニューヨークにいる時期で。
いつも、もうニューヨーク長いんだけどね、あのー、まさくんと美和ちゃん。
G:うんうん。
P:でほんとにかいがいしく食事とかをね。
その病院すごいわけメニュー。
もうね、朝昼晩と3日前には全部メニュー決めなきゃいけない。
G:へー。
P:1回も食べなかった俺病院食。
G:なるほどね。
そっかー。
P:で美和ちゃんはね、渋谷に弟くんふたりと、
食べ物屋やってて、
G:あ、やってるんだ。
P:でそのふたりも料理うまいんだけど、
やっぱりお姉ちゃんが一番うまいっつーぐらいうまいのよ。
実際うまかった。
それで助かったっていうのもあるけど。
そのときは、何日意識不明だったんだろう。
なんか、やっぱ、夢ん中って無意識に見てるじゃない。
G:うん。
P:全然違うところにいたからね。
G:どんな?
P:俺死んでるっていう意識はずっとあったよ。
G:あそうなんだ。
え、そのときってどんな感じなの?
P:なんか周りはよく見えないし、
景色みたいんじゃなくて色とか雲みたいな感じだよねー。
G:はあはあはあはあ。
色はどんな色だった?
P:もういろんなパステルカラーからもう、黒はなかった。
G:ふんふんふん。
P:結構明るいのよ。「へいわー」みたいな感じ?
G:あ、そうなんだ。
そんなところに包まれてたんだ。
P:うん。
G:へー。
P:でもふつか半ぐらいは意識なかった。
G:うーん。
そっか。
なんか、でも、なんかでもポンタさんやっぱ死にかけてるけど、
必ず、運いいよねー。
P:で、ちょうど清志郎の30周年頼まれてた。
武道館と大阪ドームの。
フルバンドのバンマス。
G:うん。
P:で、医者が1万メートル越えたら、あの、破裂したら、もう即死だからっつって、
でそれも紙書いて、で、もう無理矢理乗っけてもらった。
で、あの、81種類の、主治医3人いたから。
みんな治療法違うんだけど、81種類の薬のカルテもう持って、
これでもういつも日本で行ってる日本の主治医のね、とこに持ってけって言うわけ。
また日本帰って入院かよって。
いいから俺死んでもいいから乗っけてくれって。
帰ってその日もうまた、そのまま清志郎のリハ行ったんだけど、
で、その日の夕方、主治医が待っててくれて、リハ終わってから、
で行ったらね、その81種類の薬ね、日本で1種類も認可されてない。
G:(笑う。手を叩きながら)
それも運がいいっていうか何ていうかね(笑)。
P:でね、痛み止めってペインキラーって言うんだけど、
ペインキラーをね、無意識にね、
日本であるのと3倍ぐらいあるのよ。
体格的に。
それを意味なくね、そのへんはやっぱり、
あのー、昔取った杵柄っていうかね、
そういうのに関しては敏感に、
痛くもないのに「痛い痛い」とか言いながらそれ飲んでたみたいよ。
G:(笑)。
なるほどね。
そっか。
わたしその武道館を見に行ったから、
じゃあ大変なときの、
P:あのときだから、7.5キロぐらい痩せてたからね。
その、レコーディング行った日から比べると。
G:あーそっか。
そうですよねー。
P:あのアルバムのCD取ると、そこにベッドでこうなってる写真が入ってる。
それマネージャーが撮りやがって。
G:まじですか。
P:うんほんと。
G:あちょっと、それチェックします。
P:俺ほんで随分あとから知ったのよ。
G:あそうなんだ。
P:普通見ないじゃんこうやってばーっとやって。
そんで俺だいたい自分のプレイ聴かないから
G:うんうん。
あ、聴かないの?ポンタさんは。
P:俺聴かない、だって俺、PONTA BOXも持ってないもん。
G:はあ、はあ、そういう人、執着のない人。
P:毛唐のアルバムはでも全部持ってるよ、でも買ったやつはね。
G:はいはい、毛唐のアルバム(笑)。
P:うん。
G:なるほど。
P:自分でやったやつは、まず、
G:え、じゃあ自分のそういう、映像とかは?
あとでチェックしたりとかはあるの?
P:たとえば今回そのソロでやるときは、
そういうリズムでなんだってソロでやったやつ資料で見るよ。
G:資料としてね。
うん。
P:観賞用に見るってことはまずない。
G:うん、そういう人って、オレ好きじゃない人だと思うんだけど、
オレ好きな人って何回も自分のライブ見るから(笑)。
P:あのね、
G:ポンタさんオレ好きじゃないのかな。
P:たとえばいいとこあるとするじゃない?
G:うん。
P:したら、それを再現しようとするのよ。
すっとすごい束縛されんのよ。
G:それはそうですよね。
P:それをね、1回味わったときにね、
これは絶対やめようと思った。
G:なるほどねー。
P:何やってんだろう俺、みたいな。
3ヶ月も4ヶ月も前のこと、できなかったからって「あれ、ちょっと今日はプレイが違った」
って、何言ってんだ、いまはお前はお前じゃんいまのお前じゃないかみたいなことを。
G:うんうんうん。なるほどね。
P:それが一番強いと思う。
G:はー。そっか。
もう毎日毎日アップデートしてる自分ていうか。
P:そうだよね、まあ言い方で言えばカッコいいけど。
まあ、ほんとそうだよね。
G:でもそうですよね。
P:興味ないだけ。
G:なるほどね。
P:やってるときは最中。
G:そっか。
いやー、なんか、
譜面も、よりクリアに見えることになったし、
呼吸もそんなになったから、
200歳ぐらいまで生きてね、ポンタさん。
P:(笑)。
G:いやほんと、ありがとうございました。
P:とんでもないとんでもない。
1984年 Pearl Drum Summer School in 志賀島の最終日 ポンタさんと私
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